寸沢嵐の稲荷神社(旧内郷神社) @神奈川県相模原市
2012年12月20日(木)
若柳の千手観音菩薩の見学を終え、寸沢嵐の稲荷神社(旧内郷神社)にやって来ました。
当社の創立は不明ですが、約400年以前と云われています。元々は農業の神として神社周辺の増原・関口地区の鎮守でした。別当は顕鏡寺です。明治43年(1910年)に旧内郷村にあった神社6社(稲荷神社、八幡神社、天神社、諏訪神社、日神社、山王社)を合併し、天照皇大神を祭神として内郷神社をこの地に設立し、各地区の神社を飛地境内社としましたが、戦後各地区の神社は再び独立し、当社は昭和32年(1957年)旧来の稲荷神社に戻されました。大きな拝殿は、大正末期火災で焼失し廃寺となった常楽寺の阿弥陀堂を移築したものです。樹齢300年程の大きな杉に囲まれ、地元では「トウカノモリ(稲荷の森)」と呼んでいるそうです。
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)です。
『高い杉に囲まれています』

【鳥居】

【拝殿】


【扁額】
『神楽殿と書かれてます?僕のイメージする神楽殿と違うので少々驚きです。この建物は拝殿ではなく神楽殿?神楽殿の奥に本殿があるってこともあるんですかね?よく分かりませんwww』

【本殿】

住所:神奈川県相模原市緑区寸沢嵐2789
電話:042-684-2007(与瀬神社)
2014年1月6日投稿
若柳の千手観音菩薩の見学を終え、寸沢嵐の稲荷神社(旧内郷神社)にやって来ました。
当社の創立は不明ですが、約400年以前と云われています。元々は農業の神として神社周辺の増原・関口地区の鎮守でした。別当は顕鏡寺です。明治43年(1910年)に旧内郷村にあった神社6社(稲荷神社、八幡神社、天神社、諏訪神社、日神社、山王社)を合併し、天照皇大神を祭神として内郷神社をこの地に設立し、各地区の神社を飛地境内社としましたが、戦後各地区の神社は再び独立し、当社は昭和32年(1957年)旧来の稲荷神社に戻されました。大きな拝殿は、大正末期火災で焼失し廃寺となった常楽寺の阿弥陀堂を移築したものです。樹齢300年程の大きな杉に囲まれ、地元では「トウカノモリ(稲荷の森)」と呼んでいるそうです。
宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)です。
『高い杉に囲まれています』

【鳥居】

【拝殿】


【扁額】
『神楽殿と書かれてます?僕のイメージする神楽殿と違うので少々驚きです。この建物は拝殿ではなく神楽殿?神楽殿の奥に本殿があるってこともあるんですかね?よく分かりませんwww』

【本殿】

住所:神奈川県相模原市緑区寸沢嵐2789
電話:042-684-2007(与瀬神社)
2014年1月6日投稿