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馬込勘解由の碑(べったら市の由来) @東京都中央区

2012年7月26日(木)
於竹大日如来井戸跡の見学を終え、馬込勘解由の碑(べったら市の由来)にやって来ました。
於竹大日如来井戸跡がある小津ビルの前、国道4号線、都道316号線(昭和通り)沿いの歩道に立っています。

説明書きを読むと

 徳川家康による江戸城築城のおり、寶田村が城の拡張により移転のやむなきに至った。譜代の家臣である馬込勘解由が寶田村の鎮守の御本尊を奉安して住民と共に現在地に移転した。
 この大業を成し遂げた功により、勘解由は江戸の筆頭名主となり年間役料は、二百十両の最高であった。後に三伝馬取締役に出世し、徳川家繁栄を祈願された恵比壽神を授けられ、寶田神社に安置して江戸の平穏を祈願した。
 御神体は鎌倉時代の名匠運慶の作と伝えられ、以来商業の守り神として10月20日の恵比壽講の前夜に市が開かれるようになった。
 恵比壽講に使う鯛や神棚などと共に江戸名物の浅漬大根が売られ、売り子が大根に付いた糀を若い女性の着物に近づけ「ほら。べったら、べったら、買わないで通ると着物にくっ付くよ。」と戯れたことからべったら市の名がついた。
 徳川家康公江戸出府401年を壽き、ここに馬込勘解由の功績を讃え碑を建立するものである。

と書かれていました。

今でも、べったら市は毎年10月19日、20日に宝田恵比寿神社で行われているそうです。

【馬込勘解由の碑(べったら市の由来)】
DSCF5956_convert_20120927225522.jpg

DSCF5957_convert_20120927225646.jpg

『小津和紙のビルの前にあります。写真でいうと左奥の前あたりです』
DSCF5967_convert_20120927231117.jpg

所在地:東京都中央区日本橋本町3-6-2 小津本館ビル前
2012年9月29日投稿

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プロフィール

keny72

Author:keny72
4人家族で埼玉県志木市に在住。暇さえあれば、計画そこそこ、行き当たりばったりのぶらり散歩に出かける、アラフィフ放浪オヤジですwww

転勤で2013年4月から2018年3月の5年間、秋田県で単身赴任していたので東北地方の記事も多いです。

再び転勤で2023年4月から石川県金沢市で単身赴任しているので、2023年4月以降は北陸地方の記事が多くなる予定です。

更新が遅い故、季節外れの記事が多くなってしまいますが、その辺は大目に見て頂きたくお願い申し上げますm(__)m

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