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岩室観音堂 @埼玉県比企郡吉見町

2019年1月19日(土)
味のきんせいでランチを終え、散策再開です。
再び吉見百穴付近に戻ってきました。
まずは岩室観音堂です。

龍性寺のホームページによると

 岩をうがって観音像をまつったところから岩室観音堂と言います。龍性院の境外仏堂です。
 この観音のはじまりは弘仁年中(810年~824年)といわれていますが、たしかな記録は残っていません。松山城主が代々信仰し護持していましたが、天正18年(1590年)松山城の攻防戦の際に兵火にあって当時のお堂は焼失してしまいました。
 現在のお堂は、江戸時代の寛文年間(1661年~1673年)に龍性院第三世堯音が近郷近在の信者の助力を得て再建したものです。
 お堂の造りは懸造り様式で、江戸時代のものとしては大変めずらしいものとなっています。
 お堂に入ると左右の洞窟内にたくさんの石仏が安置されているのがわかります。その数は合計で88体ございます。これらの石仏は「四国八十八ヵ所」の霊地にたてられた本尊を模したものと言われ、ここにお参りに来れば居ながらにして四国八十八ヵ所をお参りしたのと同じ巧徳を得られるとされております。また、「比企西国三十三札所めぐり」にも指定されています。
 1階の奥を覗くと急斜面に胎内くぐりも見えます。岩室観音堂の胎内くぐりはハート型になっており、ここで胎内くぐりをすると、子宝・安産・子育ての願いに通ずると言われております。
 お堂の2階に上がると正面にご本尊様が奉ってあります。
 その左側に目を向けると、折り紙が置かれています。
 折り紙の裏側には、一枚一枚に般若心経の276文字の一文字づつが書かれており、この折り紙で折り鶴を折って奉納し願いごとを祈願すると、その願いごとが叶うと言われています。

なのだそうです。

【周辺マップ】
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【松山城跡】
『後ほど散策しようと思います』
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【松山城跡説明板】
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【岩室観音堂】吉見町指定有形文化財
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【標柱】
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【四国八十八札所説明板】
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【1番から51番】
『手前に願いごとの道と書かれた幟が立っています。岩室観音から吉見観音までの道なのだそうです。お寺やお地蔵様、神社を巡りながら吉見観音を目指します』
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【吉見町観光音声ガイド】
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【岩室観音と石仏説明板】
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【岩室観音について】
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【52番から88番】
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『観音堂の2階に上がります』
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【岩室観音堂2階】
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『ご本尊の観音像が祀られているらしいのですが、暗くて見えません。頭上に岩が飛び出しており、岩を穿ったことがよく分ります。逆V字型の白い柱は落石防止のために岩を支えているのでしょうか?』
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『梁が凄いです(^^)』
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『吉見百穴が見えます』
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『観音堂をくぐり奥に進むと松山城跡です』
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『観音堂の奥に胎内くぐりがあります』
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『岩の高いところに安置されている石仏はいろんなところで多く見ますが、わざわざ梯子がかけてある光景は珍しいですwww』
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『左の細い道の方へ進みます』
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【胎内くぐり】
『見事なハート型ですo(^▽^)oくぐると難を除き、安産、その他の願い事が叶うと言われています。小さい子供がいる夫婦、子供がほしい夫婦、結婚を考えているカップルなどには良いのではないでしょうか。参拝者が少ない穴場ですよ!』
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【地図】


住所:埼玉県比企郡吉見町北吉見309付近
電話:0493-54-2257(龍性院)
ホームページ:https://www.ryusyoin.or.jp/kannondo/
2021年7月5日投稿

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No title

こんにちは。。。
松山城
松平家広が1601年に亡くなったそうで弟が継いだそうです。。。
その弟が最期の松山城の城主とのことですが
加増されて遠州・浜松城へ移った後に
とある宴席で殺害されてしまい改易されたそうです。。。

城としての松山城というと河越城の戦いが思い浮かびます・・・
長々と申し訳ありません、お邪魔いたしました。。。

Re: No title

ViVid Mr.Kさん
こんばんは。
へ~そうなんですね。
この後、松山城跡の事を書くので参考にさせて頂きます!
ありがとうございます。
プロフィール

keny72

Author:keny72
4人家族で埼玉県志木市に在住。暇さえあれば、計画そこそこ、行き当たりばったりのぶらり散歩に出かける、アラフィフ放浪オヤジですwww

転勤で2013年4月から2018年3月の5年間、秋田県で単身赴任していたので東北地方の記事も多いです。

再び転勤で2023年4月から石川県金沢市で単身赴任しているので、2023年4月以降は北陸地方の記事が多くなる予定です。

更新が遅い故、季節外れの記事が多くなってしまいますが、その辺は大目に見て頂きたくお願い申し上げますm(__)m

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