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島村家住宅土蔵 @埼玉県桶川市

2018年12月29日(土)
浄念寺の見学を終え、島村家住宅土蔵にやって来ました。

島村家住宅土蔵は、桁行6間、梁間3間の木造3階建ての土蔵で、江戸時代後期の天保7年(1836年)の建築と伝えられています。島村家は中山道桶川宿の本陣近くに店を構えた穀物問屋木嶋屋の総本家で、土蔵の屋根の両端にある鬼板には当時の屋号の一字をとった「木」の字が刻まれています。
また、この土蔵の建築工事は、天保の大飢饉にあえぐ人々に仕事を与え、その報酬により多くの民が飢えから救われたことから「お助け蔵」といわれたとの伝承も残されています。
現在は、黒漆喰壁がトタンで覆われていますが、建築当時の島村家(木嶋屋)の勢いを感じさせる堂々とした土蔵です。

国登録有形文化財になっています。

『旧中山道から細い路地入り、30m程進みます』
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【島村家住宅土蔵】国登録有形文化財
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『見た瞬間、トタン張り?これが国登録有形文化財?って思ったのですが、説明板を読んで理解しました。黒漆喰壁をトタン板で保護しているという事でしょうね』
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『内部は江戸時代生活用具資料館になっていて、毎月第一土曜日に一般公開(見学料100円)されます』
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【島村家住宅土蔵説明板】
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【旧中山道桶川宿】
『桶川市はべに花まつりも有名です』
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【地図】


住所:埼玉県桶川市寿2-1-4付近
電話:048-788-4971(桶川市役所)
ホームページ:
https://www.city.okegawa.lg.jp/shisei/shinoshokaikanko/bunkazai/3497.html(桶川市)
2021年5月28日投稿

浄念寺 @埼玉県桶川市

2018年12月29日(土)
木戸跡(下)/武村旅館の見学を終え、浄念寺にやって来ました。

浄念寺は正式には「清水山 報恩院 浄念寺(せいすいざん ほうおんいん じょうねんじ)」と号する浄土宗の寺院です。

当寺の縁起は、説明板によると

 室町時代後期の天文15年(1546年)下総国小金(現在の千葉県松戸市)東漸寺の團誉桂全善壽上人(だんよけいぜんぜんじゅしょうにん)が浄念寺を開創いたしました。江戸時代後期にまとめられた『新編武蔵国風土記』に「往古の開基を朗海と云、貞治7年正月朔日寂せり則境内に其の人の古碑あり、因りて思ふに朗海の開基せしはわずかの庵室なりしを後、團誉桂全善壽上人一寺を取建しによりこれを開山と云ふなるべし」と記されているように、室町時代初期(1360年頃)に朗海上人が桶川のこの地に建てた修行のための庵をもとに、戦国時代に團誉桂全善壽上人が寺院として整えたのが浄念寺に始まりであります。
 浄念寺は開創された頃より、桶川宿と深い関係があったと考えられます。江戸時代初頭には、桶川宿を治めた西尾隠岐守吉次(にしおおきのかみよしつぐ)によって、地蔵菩薩像(本堂内に現存)・薬師如来像(薬師如来が納められていた石塔のみ現存)が奉納されたことからも、このことが伺えます。
 阿弥陀さまに対する信仰が盛んであっただけでなく「足立秩父観音霊場」の札所として、観音さまへの信仰も篤いものでありました。また明治以降は、桶川不動尊の御所としての信仰も集めております。また、昔の人たちの信仰の様子は、現在でも境内地に残っている様々な石塔、仏像から伺い知ることができます。

なのだそうです。

【山門(仁王門)】
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【扁額】
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【山門(仁王門)・梵鐘・仁王像説明板】
『浄念寺のシンボルというべきこの朱塗りの仁王門は、『新編武蔵風土記稿』に「仁王門ハ楼門ナリ楼下ニ仁王ヲ安シ、上ニ鐘ヲ懸ク、元禄14年ノ銘文アリ」と記されてあるように、元禄14(1701)年に再建されたものであります。この仁王門の上には梵鐘が懸かっています。浄念寺のかつての梵鐘は寛保元(1741)年に鋳造されたもので、浄念寺のご詠歌に「浄念寺 鐘の響きや法の音 子安の誓い深き桶川」と詠われているように、その美しい音色は、人々に時を知らせるために桶川宿の隅々にまで鳴り響いたといわれています。残念ながら、この梵鐘は第二次対戦の際、求めに応じて供出され現存しておりません。現在、仁王門に懸っている梵鐘は、昭和四十年に鋳造されたものであります。仁王門の楼下にいらっしゃるのが、二体の仁王像であります。明和5(1768)年に開眼されました。口を開けているほうが阿形像、口を閉じているほうが吽形像といい外から侵入しようとする法敵から仏法を守護しております』
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『仁王門をくぐると正面に本堂が見えます』
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【本堂】
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【縁起】
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『一番左が西尾隠岐守吉次ゆかりの供養塔、左から4番目が徳本明号碑です』
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【西尾隠岐守吉次ゆかりの供養塔・徳本明号碑説明板】
『徳本明号碑:徳本上人(1758~1818)は、江戸時代中期に諸国を遊行して念仏を広めた浄土宗の僧侶であります。大声で念仏を称える「徳本念仏」は江戸で爆発的に流行し、彼は信者の求めに応じて独特な書体の名号を書いて与えました。その名号を石に刻んだ名号碑が各地で主に女性が構成していた念仏講などにより造立されました。浄念寺の徳本名号碑は、文政元(1818)年に府川甚右衛門の妻ら47人の寄進により造立されたものです。
西尾隠岐守吉次ゆかりの供養塔:浄念寺には、江戸時代初期に桶川を治めた西尾隠岐守吉次の二つの守り本尊が寄進されました。その一つが地蔵菩薩像(本堂内に現存)であり、もう一つが薬師如来像であります。この薬師如来像は、度重なる災禍のためか現存しておりませんが、薬師如来が納められていたと考えられる供養塔が残っております。』
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【不動堂・太子堂】
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【不動堂・太子堂説明板】
『太子堂(聖徳太子):聖徳太子は日本に仏教が伝来したころ、仏教を深く信じ篤く保護をしたため「日本仏教の祖」といわれ、篤く信仰されています。
不動堂(不動明王):すべての魔や煩悩を折伏し、衆生を救済するのが不動明王です。現在浄念寺におまつりしてある不動尊は、もとは南蔵院でまつられていましたが、廃仏毀釈で南蔵院が廃寺となるに伴い、明治2年に浄念寺へと移座いたしました。この不動尊は元禄(1688~1704年)の頃、桶川宿の水谷某の畑の中から掘り出されたと言われており、霊験あらたかゆえ多くの参拝を受けてまいりました。毎月28日は「不動尊縁日」で、多くの人がお参りに訪れます。』
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【板石塔婆】
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【板石塔婆説明板】
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【絵師 狩野法眼伊白の碑】
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【絵師 狩野法眼伊白の碑説明板】
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【地図】


住所:埼玉県桶川市南1-6-11
電話:048-771-3199
2021年5月27日投稿

木戸跡(下)/武村旅館 @埼玉県桶川市

2018年12月29日(土)
手打うどん いしづかでランチを終え、旧桶川宿散策開始です。
桶川宿は、江戸時代に整備された五街道の一つ中山道(江戸・日本橋~京都・三条大橋を内陸経由で結ぶ街道)に設けられた江戸から数えて6番目の宿場町です。

江戸方面から京都方面へ歩き始め、まず木戸跡(下)、武村旅館にやって来ました。

【木戸跡(下)】桶川市指定旧跡
『木戸とは屋根がなく、開き戸のある木の門で警備のために宿場の出入口に設置されていました。(下)とは何かと思ったら、昔は京都を基準としていたので、江戸側の木戸は(下)、京都側の木戸は(上)と表記しているそうです』
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【武村旅館】国登録有形文化財
『江戸時代末期の天保年間(1840年頃)桶川宿には36軒の旅籠があり、宿内全戸数の一割を占めていました。嘉永5年(1852年)の建築です。皇女和宮が中山道を下向した文久元年(1861年)の「和宮下向桶川宿割書上」には紙屋半次郎の名があり、建物の造りなどから旅籠を営んでいたと考えられています。詳細は下記添付説明板写真をご覧下さい』
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『現在、この建物に宿泊することはできませんが、今でも隣地でビジネス旅館を経営されているそうです』
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【武村旅館説明板】
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『この鮮魚店もなかなか年季が入っています』
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【木戸跡(下)地図】


【武村旅館地図】


木戸跡(下)
住所:埼玉県桶川市東2-1-17付近

武村旅館
住所:埼玉県桶川市南1-8-8
電話:048-771-1032
ホームページ:
https://www.city.okegawa.lg.jp/shisei/shinoshokaikanko/bunkazai/3497.html(桶川市)
2021年5月26日投稿
プロフィール

keny72

Author:keny72
4人家族で埼玉県志木市に在住。暇さえあれば、計画そこそこ、行き当たりばったりのぶらり散歩に出かける、アラフィフ放浪オヤジですwww

転勤で2013年4月から2018年3月の5年間、秋田県で単身赴任していたので東北地方の記事も多いです。

再び転勤で2023年4月から石川県金沢市で単身赴任しているので、2023年4月以降は北陸地方の記事が多くなる予定です。

更新が遅い故、季節外れの記事が多くなってしまいますが、その辺は大目に見て頂きたくお願い申し上げますm(__)m

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