関の甕杉/関の古碑群 @青森県西津軽郡深浦町
2017年7月16日(日)
きくや商店のわさおの見学で鰺ヶ沢町の散策は終了し、深浦町の関の甕杉(かめすぎ)、関の古碑群にやって来ました。
関の甕杉は幹周約8.2m、樹高約30m、推定樹齢1000年の巨木で、青森県指定天然記念物になっています。
遠くから眺めると、水甕を逆さまにした形に見えること、神杉から転化して甕杉と呼ばれるようになったとも言われています。
関の古碑群は、青森県のホームページによると
南北朝時代(1338~1392年)の板碑形式の供養碑。同所や近くの村々に散在してあったものを同所の関の杉(県天然記念物)のわきに集めたものでその数は42基である。
板碑は石で造った卒塔婆で、平板な石を用い、頂きを山形につくり上部に仏の梵字(古代インドのサンスクリット語)や仏像を彫り、下に願文、願主名、年紀などを刻む。鎌倉、室町時代に多く建立された。
関の古碑の碑面には南北朝時代の暦応(1338~1341年)、承和(1345~1349年)、貞治(1362~1367年)、永徳(1381~1383年)などの北朝の年号が刻まれている。碑面で「阿部是阿」「安倍季□」の文字が確認でき、十三安藤氏関係の古碑と思われ、中世史上貴重な文化財である。
同所南方の丘陵地は古館といわれ、山城の跡とみられる。鎌倉時代末のいわゆる津軽大乱(1322~1328年)の西浜折曽関はこのあたりとされ、城館は安藤季長派のものであろう。
なのだそうです。
青森県指定史跡になっています。
『国道101号線に立っている案内看板に従い脇道に入ります』

【関の甕杉入口】

【平成観音】

【関の甕杉と古碑群(供養碑)説明板】

『入口から2~3分で関の甕杉が見えてきました』

【関の甕杉】青森県指定天然記念物

『立派な杉です(^^)』

【関の杉標柱】

『関の甕杉の脇に関の古碑群があります』

【関の古碑群】青森県指定史跡


【関の古碑群説明板】


『天気が良かったら日本海がきれいでしょうね。日本海の先、ほぼ真北には北海道松前町があります』

【地図】
所在地:青森県西津軽郡深浦町関字栃沢
電話:0173-74-4412(深浦町役場)
2020年8月31日投稿
きくや商店のわさおの見学で鰺ヶ沢町の散策は終了し、深浦町の関の甕杉(かめすぎ)、関の古碑群にやって来ました。
関の甕杉は幹周約8.2m、樹高約30m、推定樹齢1000年の巨木で、青森県指定天然記念物になっています。
遠くから眺めると、水甕を逆さまにした形に見えること、神杉から転化して甕杉と呼ばれるようになったとも言われています。
関の古碑群は、青森県のホームページによると
南北朝時代(1338~1392年)の板碑形式の供養碑。同所や近くの村々に散在してあったものを同所の関の杉(県天然記念物)のわきに集めたものでその数は42基である。
板碑は石で造った卒塔婆で、平板な石を用い、頂きを山形につくり上部に仏の梵字(古代インドのサンスクリット語)や仏像を彫り、下に願文、願主名、年紀などを刻む。鎌倉、室町時代に多く建立された。
関の古碑の碑面には南北朝時代の暦応(1338~1341年)、承和(1345~1349年)、貞治(1362~1367年)、永徳(1381~1383年)などの北朝の年号が刻まれている。碑面で「阿部是阿」「安倍季□」の文字が確認でき、十三安藤氏関係の古碑と思われ、中世史上貴重な文化財である。
同所南方の丘陵地は古館といわれ、山城の跡とみられる。鎌倉時代末のいわゆる津軽大乱(1322~1328年)の西浜折曽関はこのあたりとされ、城館は安藤季長派のものであろう。
なのだそうです。
青森県指定史跡になっています。
『国道101号線に立っている案内看板に従い脇道に入ります』

【関の甕杉入口】

【平成観音】

【関の甕杉と古碑群(供養碑)説明板】

『入口から2~3分で関の甕杉が見えてきました』

【関の甕杉】青森県指定天然記念物

『立派な杉です(^^)』

【関の杉標柱】

『関の甕杉の脇に関の古碑群があります』

【関の古碑群】青森県指定史跡


【関の古碑群説明板】


『天気が良かったら日本海がきれいでしょうね。日本海の先、ほぼ真北には北海道松前町があります』

【地図】
所在地:青森県西津軽郡深浦町関字栃沢
電話:0173-74-4412(深浦町役場)
2020年8月31日投稿