涼々の会(すずのえ)

2012年7月26日(木)
友人からお中元が届きました(^^)
京寿楽庵の「涼々の会(すずのえ)」です。

奥さん、子供に渡したら、2日後には無くなっていました。
でも、僕には回って来ませんでした(TT)
普段甘いものを滅多に口にしないので、いらないと思われたようです・・・

なので、味が分かりませ~~んwww

あっ!という間になくなったところを見ると、たぶん美味しかったのでしょう^^

友人にこの事を話すと、それはそれで良いんじゃないかと満足気でした。
まあ、友人としては僕より、家族の方を気遣ってくれたということでしょう^^

『涼々の会(すずのえ)は2層のゼリーが楽しめるようです』
DSCF5968_convert_20120928232430.jpg

『8個入でした』
DSCF5970_convert_20120928232521.jpg

【梅&杏仁豆腐】
DSCF5971_convert_20120928232629.jpg

【マンゴー&杏仁豆腐】
DSCF5972_convert_20120928232730.jpg

【ブルーベリー】
DSCF5973_convert_20120928232845.jpg

【レッドグレープフルーツ&杏仁豆腐】
DSCF5974_convert_20120928233042.jpg

(製造元:京寿楽庵株式会社)
住所:京都府久世郡久御山町佐古外屋敷72-1
電話:0774-46-2626
ホームページ:http://www.kyojyurakuan.co.jp/
2012年9月30日投稿

寶田恵比寿神社《宝田恵比寿神社》 @東京都中央区

2012年7月26日(木)
馬込勘解由の碑(べったら市の由来)の見学を終え、寶田恵比寿神社《宝田恵比寿神社》にやって来ました。
於竹大日如来井戸跡がある道を東方向に50m程進んだところにあります。

由緒書きを読むと

 宝田神社は慶長十一年の昔360余年前江戸城外宝田村の鎮守様でありました。徳川家康公が江戸城拡張により宝田、祝田、千代田の三ヶ村の転居を命ぜられ(現在宮城内楓山附近)ましたので、馬込勘解由と云う人が宝田村の鎮守様を奉安申し上げ、住民を引率してこの地に集団移動したのであります。馬込勘解由と云う人は、家康公が入府の時、三河の国から随行して此の大業を成し遂げられた功に依り、徳川家康繁栄御祈念の恵比寿様を授け賜ったので平穏守護の御神体として宝田神社に御安置申し上げたのが今日に至ったのであります。作者は鎌倉時代の名匠運慶の作と伝えられます。
 其の後村民の生活は金銀為替、駅伝、水陸運輸、それぞれ重要な役を賜り、馬込勘解由は名主となって三伝馬取締役に出世し御役名に因んで大伝馬町の町名を賜って、伊勢・駿河・遠江・美濃・尾張、家康公ゆかりの国々より商人を集めて、あらゆる物資の集散地として大江戸開発と商売発祥の地として大変賑わったのであります。現在も周辺の老舗大小商社が軒を並べて今尚盛んな取引が続いて居ります。宝田恵比寿神は商売繁盛、家族繁栄の守護神として崇敬者は広く関東一円に及び毎年10月19日「べったら市」、20日の恵比寿神祭が両日に亘り盛大に執り行なわれます。べったら市は「年またあらたまる」今年も年末が近づき、お正月を迎える心構えをする商家にとって大切な年中行事として旧家は今日でも恵比寿講をお祝いするのであります。

と書かれていました。

ご祭神は事代主命(ことしろぬしのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)、大国主神(おおくにぬしのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと)、素盞嗚命(すさのおのみこと)です。

また、当社は日本橋七福神の一つになっており、恵比寿神を祀っています。

【宝田恵比寿神社】
1DSCF5958_convert_20120928231419.jpg
2DSCF5966_convert_20120928232303.jpg
3DSCF5965_convert_20120928232151.jpg

【ご祭神】
4DSCF5963_convert_20120928232041.jpg

【由緒】
5DSCF5961_convert_20120928231736.jpg

【社号標】
6DSCF5959_convert_20120928231539.jpg

『寶田稲荷神社も合祀されているということでしょうかね?』
7DSCF5962_convert_20120928231901.jpg

場所:東京都中央区日本橋本町3-10-11
電話:03-3254-0753(神田神社社務所)
2012年9月29日投稿

馬込勘解由の碑(べったら市の由来) @東京都中央区

2012年7月26日(木)
於竹大日如来井戸跡の見学を終え、馬込勘解由の碑(べったら市の由来)にやって来ました。
於竹大日如来井戸跡がある小津ビルの前、国道4号線、都道316号線(昭和通り)沿いの歩道に立っています。

説明書きを読むと

 徳川家康による江戸城築城のおり、寶田村が城の拡張により移転のやむなきに至った。譜代の家臣である馬込勘解由が寶田村の鎮守の御本尊を奉安して住民と共に現在地に移転した。
 この大業を成し遂げた功により、勘解由は江戸の筆頭名主となり年間役料は、二百十両の最高であった。後に三伝馬取締役に出世し、徳川家繁栄を祈願された恵比壽神を授けられ、寶田神社に安置して江戸の平穏を祈願した。
 御神体は鎌倉時代の名匠運慶の作と伝えられ、以来商業の守り神として10月20日の恵比壽講の前夜に市が開かれるようになった。
 恵比壽講に使う鯛や神棚などと共に江戸名物の浅漬大根が売られ、売り子が大根に付いた糀を若い女性の着物に近づけ「ほら。べったら、べったら、買わないで通ると着物にくっ付くよ。」と戯れたことからべったら市の名がついた。
 徳川家康公江戸出府401年を壽き、ここに馬込勘解由の功績を讃え碑を建立するものである。

と書かれていました。

今でも、べったら市は毎年10月19日、20日に宝田恵比寿神社で行われているそうです。

【馬込勘解由の碑(べったら市の由来)】
DSCF5956_convert_20120927225522.jpg
DSCF5957_convert_20120927225646.jpg

『小津和紙のビルの前にあります。写真でいうと左奥の前あたりです』
DSCF5967_convert_20120927231117.jpg

所在地:東京都中央区日本橋本町3-6-2 小津本館ビル前
2012年9月29日投稿
プロフィール

keny72

Author:keny72
4人家族で埼玉県志木市に在住。暇さえあれば、計画そこそこ、行き当たりばったりのぶらり散歩に出かけてしまう、もうすぐアラフィフの放浪オヤジですwww
2013年4月に秋田県に転勤、単身赴任することになりました。
なるべくお金をかけずに日常生活の楽しかったことを書こうかなと思っています。
ただ、更新はかなりのんびりだと思いますw(ブログタイトル通り)
ご近所散策、食べ物のネタが多くなるかもしれません。

猫好き、猫みたいに気ままな性格ですwww

更新が遅い故、季節外れの記事が多くなってしまいますが、その辺は大目に見て頂きたくお願い申し上げますm(__)m

最新記事
カテゴリ
最新コメント
ご訪問頂きありがとうございます
現在の訪問者さま数
現在の閲覧者数:
月別アーカイブ
最新トラックバック
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR