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本格手作り麺 かくや @東京都墨田区

2011年7月28日(木)
《かくや 辛味噌つけそば大盛》
今日は両国でランチでした。
元祖鶏つけそばや大きなちくわ天で評判の当店へ。
以前一度訪問したことがあり、立ち喰い蕎麦屋ですから蕎麦は可もなく不可もなくといった感じですが、つゆが美味しかったなぁという記憶があり、久し振りに食べたくなり寄って見ました。
JR両国駅の高架下の一番隅にお店があります。

今日は辛味噌つけそば大盛620円を注文しました。
量は並盛300g、大盛400gで、大盛無料なのは嬉しいです^^

【辛味噌つけそば大盛】
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『熱々のつゆはピリ辛で味噌の味がしっかりしていて美味しいです。鶏肉がたっぷり入っていて良いですね(^^)』
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『ホシが見えますが香りはあまり感じません。熱々のつゆに浸けるのでもう少しコシが強いといいかなと思います。あくまでも個人の好みの問題ですがw』
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【外観】
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勝手に評価:★★★★☆

住所:東京都墨田区横網1-3-1
電話:03-3631-8695
2011年7月30日投稿

【閉店】蕎麦と串揚げ 波留乃屋(はるのや)浜松町店 @東京都港区

2011年7月27日(水)
《波留乃屋 鶏そば大》
西新橋にあるそば処港屋に興味あるものの、その辺に行くことがないのでインスパイア系では比較的評判が良い当店に初めて行ったのが1年程前でした。それ以来、時折利用しています。

当店の名物は「肉そば」と「鶏そば」です。
量は並盛200g、中盛300g、大盛500gから選べます。
「肉そば」「鶏そば」は並盛650円、中盛770円、大盛890円です。

ラー油入りの甘辛いつゆ、コシのある独特の蕎麦は結構癖になります(^^)

今日は鶏そば大を注文しました。

【鶏そば大】
『これ大盛ですかね??半年振り位の訪問だったので自分の記憶違いかと思い、店員さんに尋ねることもなく素直に受け取って食べたのですが、食べ切った後の満腹感が以前大盛を食べた時と違っていたので、これ中盛じゃないですかね?オーダーミスのような気がします・・・』
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『温かいつゆでラー油の辛さがありますが、かえしがかなり甘いのでいい感じの甘辛具合いに仕上がっています。たっぷり入った鶏肉も味が染みていて、柔らかくて美味しいです(^^ゞ』
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『香りはあまりないものの、コシのある独特の蕎麦で甘辛いつゆに合っていて美味しいです^^ たっぷりの刻み海苔、白胡麻の風味が味わいをアップします』
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勝手に評価:★★★★☆

住所:東京都港区浜松町1-12-8
電話:03-6402-7551
2011年7月29日投稿

花園神社 @東京都新宿区

2011年7月25日(月)
新宿にある花園神社に行ってきました。

花園神社のホームページによると

『花園神社は、徳川家康の江戸開府(1603年)以前から新宿の総鎮守として重要な位置を占めていました。徳川氏が武蔵野国に入った1590年より前に、大和吉野山より勧請されたとされています。
花園神社は寛永年代(1624~1644年)までは現在の場所より約250メートル南、今の伊勢丹デパートの付近にありました。しかし、寛政年代に朝倉筑後守という旗本がこの周辺に下屋敷を拝領したため、社地は朝倉氏の下屋敷の中に囲い込まれてしまったのです。そこで幕府に訴えたところ、現在の場所を拝領することになりました。その場所は、徳川御三家(将軍家に次いで格の高い尾張藩・紀州藩・水戸藩)筆頭の尾張藩下屋敷の庭の一部で、たくさんの花が咲き乱れていたそうです。この美しい花園の跡に移転したので花園稲荷神社と呼ばれたのが社名の由来とされています。
初めて史料に花園神社の名が登場するのは、享和三年(1803年)のこと。大火に遭った社殿復興を願って内藤新宿町より奉納された額面に「花園社」と記されていました。「花園」という名称が正式なものになるのはずっと後代のことで、稲荷神社または三光院稲荷とも呼ばれ、さらに江戸時代には地名にちなんで四谷追分稲荷とも呼ばれていたようです。
三光院稲荷と呼ばれたのは、明治維新以前には神仏習合により神社と仏教寺院が同時に祀られることが多く、花園神社も真義真言宗豊山派愛染院の別院である三光院が合祀され、住職が別当(管理職)を兼ねる慣わしだったためであるといわれています。
しかし、その三光院は明治元年(1868年)3月に維新政府が祭政一致の方針に基づき神仏分離令を発布し、廃仏毀釈が進む中で花園神社と分離され、本尊は愛染院に納めて廃絶となりました。
明治に入ると、「村社稲荷神社」が正式名称とされました。これは神名帳を提出した際に、誤って花園の文字を書き漏らし、「稲荷神社」で届出をしてしまったからだそうです。
しかし、江戸時代から当神社は「花園社」と呼ばれており、単に「稲荷神社」といえば総本山である伏見稲荷神社を指すのが一般的で紛らわしいことから、大正5年1月25日、当時の社掌・鳥居成功と氏子総代・坂田寅三郎ら13人が東京府知事に対し社号の改名願を提出しました。この社号改名願は同年2月26日に許可され、「花園稲荷神社」となったのです。
さらに昭和40年に、それまで末社だった大鳥神社を御社殿建替えと共に本社に合祀したことから、ようやく「花園神社」が正式名称となりました』

なのだそうですが、歌舞伎町に近いので「花園」という名称になったのかと一瞬考えた僕は下衆ですねw

『靖国通り沿いから入りました』
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【唐獅子像】新宿区指定文化財
『文政四年(1821年)に造立された雌雄一対の銅製の唐獅子像(からじしぞう)です。金網で保護されていました。なんか見た目滑稽ですw でもこうしないと破損される惧れがあるのでしょうね。なにせここは歌舞伎町の近くですから・・・』
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『鳥居が続きます』
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【宝物殿】
『本社神輿、雷電神輿が二基と獅子頭が納められているそうです』
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【神楽殿】
『大晦日から元旦、2月の節分祭追儺式、5月の例大祭、11月の酉の市の際にお神楽やお囃子が披露されるそうです』
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【山車庫】
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【本殿】
『当社は創建以来、幾度も大きな火災に見舞われその度に社殿を再建してきました。第二次大戦の戦災後、社殿が老朽化したため、昭和40年6月に鉄筋コンクリート造りの社殿、社務所が完成し現在に至っているそうです』
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【境内の様子】
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【納大明神】
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【威徳稲荷大明神】
『夫婦和合、子授け、縁結びの神様で女性に人気がある神社だそうです。「威徳稲荷大明神」の額の裏側に男性のシンボルを模ったものが祀られているそうなw 僕は当社を事前調べなしでふらっと寄ったので気付かなかったのですが、沢山のブログで紹介されていました。夫婦和合、子授け、縁結びの神様ですから、あっても不思議はないですけどねw』
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『8月1日、2日は納涼盆踊り大会が開催されるようです』
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『盆踊り大会の準備ですかね?作業員の方々が大勢いました』
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【大鳥居】
『明治通り沿いにある鳥居です。こちらの鳥居が正面になるようです』
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『花園稲荷神社の社号標もありました』
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帰宅してネットで調べてみて見落としていたことに気付いたのですが、大鳥居の右奥に芸能浅間神社があるそうです。御祭神は木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)で、江戸時代から芝居や舞踊の興行に縁が深かったため、演劇や歌曲など芸能関係の奉納が多いことで有名で、宇多田ヒカルの母親として知られる藤圭子の歌碑もこのお社の隣に建っているそうです。

花園神社社務所
住所:東京都新宿区新宿5-17-3
電話:03-3209-5265
ホームページ:http://www.hanazono-jinja.or.jp/mt/top/
2011年7月28日投稿
プロフィール

keny72

Author:keny72
4人家族で埼玉県志木市に在住。暇さえあれば、計画そこそこ、行き当たりばったりのぶらり散歩に出かける、アラフィフ放浪オヤジですwww

転勤で2013年4月から2018年3月の5年間、秋田県で単身赴任していたので東北地方の記事も多いです。

再び転勤で2023年4月から石川県金沢市で単身赴任しているので、2023年4月以降は北陸地方の記事が多くなる予定です。

更新が遅い故、季節外れの記事が多くなってしまいますが、その辺は大目に見て頂きたくお願い申し上げますm(__)m

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