御成門 @東京都港区

2012年7月4日(水)
有章院霊廟二天門の見学を終え、御成門にやって来ました。
有章院霊廟二天門から都道409号線(日比谷通り)を20m程北上、交差点を左折し50m程進んだところにあります。

当門は増上寺の裏門として造られましたが、将軍が参拝する際にもっぱら用いられたので「御成門」と呼ばれるようになりました。詳細は下記添付説明板写真をご覧いただければと思います。

【御成門】
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【説明板】
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所在地:東京都港区芝公園3-3
2012年8月21日投稿

有章院霊廟二天門 @東京都港区

2012年7月4日(水)
熊野神社《熊野三所大権現宮》の見学を終え、有章院霊廟二天門にやって来ました。

熊野神社から都道409号線(日比谷通り)を北上し、150m程のところ、東京プリンスホテル駐車場入口の右側にあります。

有章院霊廟は、享保二年(1717年)八代将軍徳川吉宗により建立された七代将軍徳川家継の廟所で、ニ天門は有章院霊廟における第一門です。

有章院霊廟は日光東照宮に劣らぬといわれるほど豪華なものでしたが、昭和20年(1945年)の東京大空襲により、この二天門を残して焼失しました。

門の左右に、西を守る「広目天(こうもくてん)」、北を守る「多聞天(たもんてん)」の二天を祀っています。

当門は国指定重要文化財です。

【有章院霊廟二天門】国指定重要文化財
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【広目天】
『尋常でない眼、特殊な力を持った眼、千里眼の意味から広目天と呼ばれるそうです』
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【多聞天(毘沙門天)】
『釈迦の説法をよく聞く者という意味から多聞天と呼ばれるそうです。七福神の毘沙門天(びしゃもんてん)と言ったほうが一般的かもしれませんね。単独で安置される場合「毘沙門天」と呼ぶのが通例だそうです』
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所在地:東京都港区芝公園3-3-1
2012年8月21日投稿

熊野神社《熊野三所大権現宮》 @東京都港区

2012年7月4日(水)
旧台徳院霊廟惣門の見学を終え、熊野神社(ゆやじんじゃ)《熊野三所大権現宮》(ゆやさんしょだいごんげんぐう)にやって来ました。
旧台徳院霊廟惣門から都道409号線(日比谷通り)を北上し、増上寺三解脱門を通り過ぎ、20m程のところにあります。
当社は増上寺の境内にあります。以前来た時に見落としていましたwww

「熊野」は「くまの」「ゆや」の二通りの呼称があり、当社は「ゆや」と読むそうです。
「ゆや」という読み方があるなんて知りませんでした(--;

余談ですが
もっと簡単なのだと、浅間神社の「浅間」を「せんげん」と読んだり「あさま」と読んだりと、日本語って難しいですね~(もしかして僕だけ?www) 同音意義語も多いし・・・

閑話休題。

当社は元和十年(1624年)当寺第十三世正誉廓山上人が、熊野権現を増上寺鎮守として東北の鬼門に勧請したそうです。

御祭神は
熊野本宮大社 家津御子大神(けつみこのおおかみ)
熊野那智大社 大己貴命(おおなむちのみこと)
熊野速玉神社 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
です。

手水舎には、日本サッカー協会のシンボルマークであり日本代表のユニフォームの胸に付いているマーク「八咫烏(やたがらす)」の紋様が彫られていました。

【鳥居】
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【手水舎】
説明板があり、写真を撮ったのですが、画像縮小すると読めないので下記に記載しておきます。

『神々のお使い』
日本書紀によると
神武天皇が天下統治のため紀の国(和歌山県)の熊野に上陸した際に、東征中の荒れすさぶる中で道に迷った時、日輪の中の天照大神より「天から八咫烏(やたがらす)を使わそう。その八咫烏が道案内をするであろう。八咫烏の飛びゆく後ろに付いて行きなさい」というおさとしがありました。
そうして無事山越えを出来たという、まさに神のお導きという言い伝えが残されています。

『日輪の中に三本足の烏』
ルーツは中国で、太陽の中に三本足の烏が住む(おそらく黒点であろう)と考えられ、太陽は烏によって空を運ばれるとも考えられました。
烏の足を三本とするのは、二本足は陰数の為、陽の数である『三』こそが太陽にふさわしいと考えられます。
日本に於いても、三本足の烏が太陽の象徴であると伝わったと推測されます。
また時代によっては、『地・仁・勇』或いは『天・地・人』を表すとも言われています。
日の神、天照大神の子孫である天皇が三本足の烏と八咫烏が習合し、熊野の烏も三本になったものと考えられます。

『シンボルマーク』
天皇の即位の礼に立てられるのぼりの紋様には八咫烏が使われたそうですし、また天皇の礼服の紋章には、日輪の中に八咫烏の刺繍が施されているそうです。
近日身近なところでは、サッカー日本代表が着ているユニフォームの胸に付いておりますマークも八咫烏です。すなわち日本サッカー協会のシンボルマークとして用いられております。
日本サッカーの成長と勝利への導きを願っております。
私共大本山増上寺みこし講も、昭和49年に発足当時より八咫烏を代紋とさせて頂いております。お祭りの御神輿を通じて、結集した四百余名が大本山増上寺より護国豊穣、天下泰平を導いて頂きたいと祈願しております。このたび、みこし講発足30年を記念して熊野神社(境内)修復改修工事をさせて頂きました。今回の工事の際にみこし講の大柱の前に、この水舎に向って三箇所の烏の足跡(保存有)が付いていたという縁起のよい事がありました。当熊野神社にも本物の八咫烏がいると信じてみこし講一同も八咫烏のお導きを頂いてより高い志をもって、一層の努力を心掛けてまいります。
皆様のご多幸とご発展をお祈りいたします。

大本山増上寺熊野(ゆや)みこし講 世話人 益子良道

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【八咫烏(やたがらす)】
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【熊野神社《熊野三所大権現宮》】
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【由緒】
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【全景】
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所在地:東京都港区芝公園4-7-35 増上寺境内
2012年8月20日投稿
プロフィール

keny72

Author:keny72
埼玉県志木市在住の4人家族のアラフォーパパです。
2013年4月に秋田県に転勤、単身赴任することになりました。秋田ネタ9.5割、埼玉ネタ0.5割になると思います。
なるべくお金をかけずに日常生活の楽しかったことを書こうかなと思っています。
ただ、更新はかなりのんびりだと思いますw(ブログタイトル通り)
ご近所散策、食べ物のネタが多くなるかもしれません。

猫好き、猫みたいに気ままな性格ですwww

更新が遅い故、季節外れの記事が多くなってしまいますが、その辺は大目に見て頂きたくお願い申し上げますm(__)m

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