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安養院 @東京都品川区

2021年5月9日(日)
目黒不動尊 瀧泉寺の見学を終え、安養院にやって来ました。

安養院は正式には「臥龍山 安養院 能仁寺(がりょうざん あんよういん のうにんじ)」と号する天台宗の寺院です。

天台宗東京教区のホームページによると

 当山は臥龍山安養院能仁寺と申します。本尊様は釈迦牟尼如来(涅槃像)副本尊(脇侍)は如意輪大宝観世音菩薩・金剛蔵王童子菩薩であります。
 当山は平安朝の初め、天台宗第三世慈覚大師に依って開かれました。
 中興開山は唱岳長音木食上人と申し上げます。寛永元年(1624年)に再建され、自ら彫刻した阿弥陀如来像を安置して千日の不断念仏行を勤まれました。更に上人は自作になる一丈六尺の寝釈迦(涅槃像)を安置供養されました。
 御開山長音上人は唱岳と号され、信州虫蔵の巌窟で草衣・念仏の行に勤まれること24年、木食・念仏の行を積まれ、あまたの仏像を刻まれました。晩年は、羽州秋田念来山帰命寺に止まり、79歳で地中深く穴を掘り、その中に棺を入れて、自ら棺の蓋を閉じ、鐘を叩いて念仏を唱えながら捨身入定なされ、静かに極楽に参られました。
 当山の檀祖は義士で有名な赤穂浅野公の本家、芸州藩主浅野長晟公の室で八代姫と仰せられます。出家して当山に止まり、安祥として極楽に往生されました。荼毘に際し、五色の舎利が現れたという事です。
 その後、浅野家は当山の絶大なる外護者となりました。暫くして中国の帰化僧獨湛が当山に逗留し、宝永2年現在の山門に掲げられた『安養院』の扁額を製作しました。
 『江戸名所図会』には当山の古姿を載せ、荘厳広大な昔の雄姿を偲ぶよすがとなっていますが、浮世の風に晒され幾変遷へて現在に至って居ります。境内には、栃木・定願寺より観音堂(室町時代)一宇寄進されました。
 更に近年(平成3年)第25世道暢大和尚の遺志を元に「北インド・チベット仏教美術」館を開館させました。本堂の地下約80坪に仏像・仏画数百点、その他資料数千点を常設展示しております。特にチベット僧により製作された砂マンダラは圧巻です。

なのだそうです。

【参道入口】
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『正面に近代的な建物が見えます。どうやら本堂のようです』
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【狛犬】
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『珍しいですね~輪っかを咥えています』
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『住宅街にあるとは思えない中に入るとタイムスリップしそうな門です(^^)』
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【山門】
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【扁額】
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【観音堂】
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【本堂】
『5階に本堂があり、地下の寺宝堂は北インド・チベット仏教美術館になっているそうです。見学したかったのですが、新型コロナウイルス感染防止の為、休館していました(´・_・`)』
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『今日は目黒不動尊でたっぷり時間を使ったので、2ヶ所しか訪問していませんが帰宅します。目黒川沿いを歩き目黒駅を目指します。随分と目立つマンション群があります。マンション雅叙苑というヴィンテージマンションでホテル雅叙園東京に隣接しています。苑と園が違うのを危うく見落とす所でしたwwwヴィンテージマンションとは、一般的に築年数が経つほど物件の価値は下がりますが、価値が落ちずに年々価値が上がるマンションのことを指すそうです。遠目で見ても古いマンションであることが分かるのに価値が上がるとは、さすが目黒区(正確に言うとマンションの住所は品川区で目黒区との区界です)です!目黒駅へ徒歩10分かからない立地なので人気があるのでしょうね』
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【ホテル雅叙園東京】
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【アルコタワー】
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『左奥がアルコタワーアネックス、右がアルコタワー、木の奥に僅かに見える建物がホテル雅叙園東京のエントランスです。雅叙園に一歩踏み入れれば和の世界が広がっていますが、外には近代的なビルが立ち並ぶというギャップが面白いです!』
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【行人坂】
『仕事も含めて7~8回上り下りしていますが、毎度毎度この上り坂はきついです(T-T)』
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『目黒駅に到着です』
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【地図】


住所:東京都品川区西五反田4-12-1
電話:03-3491-6869
ホームページ:https://anyoin.or.jp/
2024年2月8日投稿

板垣退助の墓 @東京都品川区

2011年10月4日(火)
品川神社の裏に自由民権運動の主導者・板垣退助のお墓があります。
品川神社拝殿の右脇の道を進み、突き当たりを左折、本殿の裏を通り過ぎるとあります。
正確に言えば、拝殿の左側、宝物殿の裏側になります。

『品川神社拝殿の右側に貼られています。途切れることなく参拝者が訪れるのですが、板垣退助のお墓まで足を運ぶ人はいなかったです』
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『本殿の裏側に説明書きがありました』
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【板垣退助墓所】品川区指定史跡
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『右が板垣退助のお墓で、左が夫人のお墓です』
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【板垣退助の墓】
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【板垣退助夫人の墓】
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【説明板】
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『かつての総理大臣佐藤栄作の筆による、板垣退助の有名な言葉「板垣死すとも自由は死せず」の石碑があります』
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所在地:東京都品川区北品川3-7-15
2011年10月28日投稿

品川神社 @東京都品川区

2011年10月4日(火)
品川神社に行ってきました。
京浜急行の新馬場駅の近くにあります。

京浜急行に乗っていると鳥居の左上方にこんもりとした山があるなぁと漠然と眺めていたのですが、じゃらん観光ガイドのアプリで、それが富士塚であることを知り、新馬場駅近くに用事があったので帰りに寄ってみることにしました。

由緒を読むと

 御祭神は天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)、宇賀之売命(うかのめのみこと)、素盞嗚尊(すさのおのみこと)で、今からおよそ八百年程前の平安時代末期の文治三年(1187年)に、源頼朝公が安房国の洲崎明神(現・千葉県館山市鎮座 洲崎神社)の天比理乃咩命を当地にお迎えして海上交通安全と祈願成就を祈られたのを創始とします。やがて、鎌倉時代末期の元応元年(1319年)に二階堂道蘊公(にかいどうどううんこう)が「宇賀之売命(お稲荷様)」を、さらに室町時代中期の文明十年(1478年)に太田道灌公が「素盞嗚尊(天王様)」をそれぞれお祀りしました。
 慶長五年(1600年)、徳川家康公が関ヶ原の戦いへ出陣の際に当社へ参拝し戦勝を祈願され、その後、祈願成就の御札として仮面(天下一嘗(てんかひとなめ)の面)・神輿(葵神輿)などを奉納されました。また、寛永十四年(1637年)三代将軍徳川家光公により東海寺が建立され当社がその鎮守と定められ、「御修覆所(神社の建物の再建・修復などは全て幕府が賄う)」となり、元禄七年(1694年)・嘉永三年(1850年)の二度の社殿の焼失の際には時の将軍の命により再建が行なわれる等、徳川将軍家の庇護を受けました。
 時代は明治に移り、同元年(1868年)十一月には明治天皇様が、新都・東京の安寧と国家の繁栄を御祈願されるために、当社を含んだ都内の十の神社を「准勅祭神社(じゅんちょくさいじんじゃ)」と定められ、御勅使が御参拝になられ御祈願されました。大東亜戦争の折は、当社は幸いにして戦火を免れましたが、社殿の老朽化が進み、昭和三十九年(1964年)氏子各位の御協力により現在の社殿が再建されました。

なのだそうです。

とても由緒ある神社ですし、富士塚や境外になりますが本殿の裏を抜けていくと板垣退助の墓があったりと、見どころを多い神社です^^

当社は、東海七福神の大黒天になっています。

また、東京十社(とうきょうじっしゃ)、新東京八名勝の一つになっています。
明治元年、明治天皇が准勅祭(じゅんちょくさい)神社として幣帛(へいはく)を捧げられ、東京の鎮護と万民の平安を祈願されたお社を東京十社と言います。

『左上方、岩の塊のようなものが見えます。これが富士塚で結構目立ちます』
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【社号標】
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【鳥居】
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【富士塚】品川区指定有形民俗文化財
『石段を登って行くと、途中に富士塚の入口が現れます』
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『登山道一合目です』
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『二合目』
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『六・七・八合目です』
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『七合目。石碑が立っています』
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『九号目。下には白いお社が見えますね』
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『十合目。富士塚の頂上です。高層ビルと京浜急行が見えます^^』
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『反対側にも富士登山入口がありました』
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【富士塚説明板】品川区指定有形民俗文化財
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【富士塚山開き説明板】品川区指定無形民俗文化財
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【浅間神社鳥居】
『富士塚の側に浅間神社があります』
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【石造灯籠】品川区指定有形文化財
『写真両脇の石灯籠は慶安元年(1648年)に造立されました』
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【浅間神社】
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『浅間神社の左手、富士塚の麓に「ぶじかえる」があります』
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『石段を登りきった右手に石碑がたくさん並んでいます』
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『石段を登り切り正面が拝殿になります』
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【狛犬】
『珍しい陶製の狛犬なので、金網で保護されています。しかしながら、右の狛犬の鼻がもげてしまっていました』
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【石造鳥居並水盤】品川区指定有形文化財
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【神楽殿】
『元旦(1/1)、春祭(4/15後の日曜)、例大祭(6/7に近い金曜日)、新嘗祭(11/23)に都指定無形文化財の太太神楽が奉納されるそうです』
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【祖霊社】
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【宝物殿】
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【阿那稲荷神社】
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【拝殿】
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『拝殿の右側を抜け、本殿の裏を抜けると板垣退助のお墓があります。板垣退助墓所のページに続く・・・』
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住所:東京都品川区北品川3-7-15
電話:03-3474-5575
2011年10月28日投稿
プロフィール

keny72

Author:keny72
4人家族で埼玉県志木市に在住。暇さえあれば、計画そこそこ、行き当たりばったりのぶらり散歩に出かける、アラフィフ放浪オヤジですwww

転勤で2013年4月から2018年3月の5年間、秋田県で単身赴任していたので東北地方の記事も多いです。

再び転勤で2023年4月から石川県金沢市で単身赴任しているので、2023年4月以降は北陸地方の記事が多くなる予定です。

更新が遅い故、季節外れの記事が多くなってしまいますが、その辺は大目に見て頂きたくお願い申し上げますm(__)m

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