横濱媽祖廟 @神奈川県横浜市中区
2020年9月21日(月)
横浜関帝廟の見学を終え、横濱媽祖廟(よこはままそびょう)にやって来ました。
横濱媽祖廟の由来については、前回の記事をご参照ください。
【天長門】
『関帝廟通りの東側に立つ門です。関帝廟から東方面へ200m程進み、天長門をくぐると・・・』

『横浜大世界ビルがあります。ここを右折して40m進むと右側に横濱媽祖廟があります』

【横濱媽祖廟の門】

『関帝廟の門より豪華絢爛です!』


【扁額】

【門の裏側】

【太鼓楼】

【線香金紙売店・鐘楼】



【狛犬】

【横濱媽祖廟(本殿)】


【扁額】


『関帝廟ほど装飾は細かくないですが、色彩が綺麗です(^^)』


【本殿内部】


【天上聖母(媽祖)】

『本殿から振り返ると横浜大世界が見えます』

2022年12月7日投稿
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
2012年3月21日(水)
金福楼で食事をした後、少し時間があったので媽祖廟に行ってみました。
横浜媽祖廟のホームページによると
『生まれて1ヵ月も泣き声をあげないため「林黙娘(りんもうにゃん)」と名付けられた林氏の娘は、小さい時から才知に長け、10歳の頃には朝晩欠かさず念仏を唱え、16歳で神から教えと銅製の札を授けられたといわれています。神通力を駆使し、むしろを用いて海を渡り、雲に乗って島を巡回し、札の力で悪や災いをしりぞけ、病を癒す彼女を人々は「通玄の霊女」と尊敬の意をこめて呼ぶようになりました。28歳の9月9日に修行を終え天に召された後も、赤い衣装をまとって海上を舞い、難民を救助する姿が見られたので、人々は廟を建てて護国救民の神様として祀るようになりました。その神通力は国に広まり、歴代の皇帝も「天妃」「天后」「天上聖母」などの名を贈り敬意を表しました。「媽祖」は、航海を護る海の神様としてのみならず、自然災害や疫病・戦争・盗賊から人々を護る女神様として、現在でも中国大陸・台湾はもとより、華僑が住む世界各地で信仰されています。文化や生活様式が全く異なる諸外国に移り住み、その地の人々や環境と融合しながらも伝統文化を崩さずに、確固とした立場を築いて地域社会の繁栄の一翼を担う華僑にとって「媽祖」は心のよりどころとなっています』
なのだそうです。
『関帝廟よりも立派な門ですね』

【ご利益】

【鐘楼】
『2005年4月横濱媽祖廟新築工事現場から明治・大正期の分銅印手焼きレンガ・機械製レンガ・有孔レンガやガラスビン、陶器破片などが大量に出土しました。これは関東大震災以前及び震災時の中華街の状況を伝える大変貴重な史料であるため、横濱媽祖廟と横浜市ふるさと歴史財団の3施設(横浜開港資料館・横浜都市発展記念館・埋蔵文化財センター)が工事に立ち会い、出土レンガ類を保存し、また鐘楼・太鼓楼の建設にあたり、袴部分に約1000枚のレンガを活用したそうです』

【太鼓楼】

【金亭】

【媽祖廟】




【天上聖母(媽祖)】


『媽祖廟から振り返ると横浜大世界が見えます』

【地図】
住所:神奈川県横浜市中区山下町136
電話:045-681-0909
ホームページ:http://www.yokohama-masobyo.jp/jp/index.php
2012年4月7日投稿
横浜関帝廟の見学を終え、横濱媽祖廟(よこはままそびょう)にやって来ました。
横濱媽祖廟の由来については、前回の記事をご参照ください。
【天長門】
『関帝廟通りの東側に立つ門です。関帝廟から東方面へ200m程進み、天長門をくぐると・・・』

『横浜大世界ビルがあります。ここを右折して40m進むと右側に横濱媽祖廟があります』

【横濱媽祖廟の門】

『関帝廟の門より豪華絢爛です!』


【扁額】

【門の裏側】

【太鼓楼】

【線香金紙売店・鐘楼】



【狛犬】

【横濱媽祖廟(本殿)】


【扁額】


『関帝廟ほど装飾は細かくないですが、色彩が綺麗です(^^)』


【本殿内部】


【天上聖母(媽祖)】

『本殿から振り返ると横浜大世界が見えます』

2022年12月7日投稿
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2012年3月21日(水)
金福楼で食事をした後、少し時間があったので媽祖廟に行ってみました。
横浜媽祖廟のホームページによると
『生まれて1ヵ月も泣き声をあげないため「林黙娘(りんもうにゃん)」と名付けられた林氏の娘は、小さい時から才知に長け、10歳の頃には朝晩欠かさず念仏を唱え、16歳で神から教えと銅製の札を授けられたといわれています。神通力を駆使し、むしろを用いて海を渡り、雲に乗って島を巡回し、札の力で悪や災いをしりぞけ、病を癒す彼女を人々は「通玄の霊女」と尊敬の意をこめて呼ぶようになりました。28歳の9月9日に修行を終え天に召された後も、赤い衣装をまとって海上を舞い、難民を救助する姿が見られたので、人々は廟を建てて護国救民の神様として祀るようになりました。その神通力は国に広まり、歴代の皇帝も「天妃」「天后」「天上聖母」などの名を贈り敬意を表しました。「媽祖」は、航海を護る海の神様としてのみならず、自然災害や疫病・戦争・盗賊から人々を護る女神様として、現在でも中国大陸・台湾はもとより、華僑が住む世界各地で信仰されています。文化や生活様式が全く異なる諸外国に移り住み、その地の人々や環境と融合しながらも伝統文化を崩さずに、確固とした立場を築いて地域社会の繁栄の一翼を担う華僑にとって「媽祖」は心のよりどころとなっています』
なのだそうです。
『関帝廟よりも立派な門ですね』

【ご利益】

【鐘楼】
『2005年4月横濱媽祖廟新築工事現場から明治・大正期の分銅印手焼きレンガ・機械製レンガ・有孔レンガやガラスビン、陶器破片などが大量に出土しました。これは関東大震災以前及び震災時の中華街の状況を伝える大変貴重な史料であるため、横濱媽祖廟と横浜市ふるさと歴史財団の3施設(横浜開港資料館・横浜都市発展記念館・埋蔵文化財センター)が工事に立ち会い、出土レンガ類を保存し、また鐘楼・太鼓楼の建設にあたり、袴部分に約1000枚のレンガを活用したそうです』

【太鼓楼】

【金亭】

【媽祖廟】




【天上聖母(媽祖)】


『媽祖廟から振り返ると横浜大世界が見えます』

【地図】
住所:神奈川県横浜市中区山下町136
電話:045-681-0909
ホームページ:http://www.yokohama-masobyo.jp/jp/index.php
2012年4月7日投稿